La MaMa Experimental Theatre Club(ラ・ママ実験劇場)は キッドブラザースが創設された翌年に公演を行なった、N.Y. オフ・オフ・ブロードウェイの劇場です。キッドの"Golden Bad"が、ラ・ママ劇場での日本人初公演でした。当初の予定 では、日本に来日していたミュージカル「HAIR」のプロデューサーによる招致の予定だったキッドのアメリカ上陸は、時代背景に翻弄され計画倒れに終わるかに思われました。しかし、当時 23歳の東さんは、お金をかき集めてアメリカに渡り劇団員を呼び寄せて公演を実現させたのです。その時、帰りの渡航費も持たずにアメリカへ夢を追ってきたキッドのメンバー に寝床を提供し、公演の機会を与えてくれたのが、ラ・ママ の創設者であるエレン・スチュワート女史だったのです。
ふたりの関係はそれからもずっと変わることなく続き、東さんはエレンをアメリカの母と慕い、エレンもまた東さんを"キッド"として大変かわいがっていたそうです。この40周年記念イベントのラストを飾る回顧展は、 エレンと東さんの愛の絆であり、これからの演劇界を担う若者へのメッセージとなるでしょう。
(2002年4月20日)



『JAPANESE DIRECTORS RETROSPECTIVE
VIDEO INSTACCATION』 のチラシを掲載。