とある街に健と千代が一緒に暮らしていた。二人は隣に住んでいる高四郎と、近くの劇場、と言っても下町にある小さな芝居小屋の裏方として働いていた。そこはこれまで時代ものばかりやっていた中村浩吉一座の常の内小屋であった。一座は、初めてのミュージカル「シラノ・ド・ベルジュラック」の稽古が始まっていた。
「よろず屋」をやっている八重子は、その息子の兵吉とオサムのことが頭痛のタネであった。20歳すぎてもたよりない兵吉、それにオサムは学校へも行かず、いつも屋根のてっぺんに昇って、星を観察することしかしないからである。「よろず屋」の隣では桃子がパン屋を開いていた。パン屋と言っても、昨日の売れ残りのパンを仕入れてきて、安く売るという店である。
一座は浩吉の妻の稲子、長男の好太郎、長女の麦の一家と、それに劇場に住みついている妻三郎、それとあと2、3人という、小さな劇団である。
ある時、健は大道具の仕事で他の劇団の旅公演に行くことになった。そして酔っ払った千代と高四郎は一緒にベッドに寝てしまい、しかもそれをパン屋の桃子に目撃されてしまったのだ。
旅から帰って健は、そのことを桃子から聞かされ、二人を詰問するが、千代と高四郎は口をそろえて「何んでもなかった」と弁解するのだった。健はなんでもなかったと信じようとするが、疑いは晴れず、それまで街の皆んながうらやむほど仲がよかったのに、健は千代との部屋に帰ろうとしなくなってしまうのだった。街の人たちは三人が一緒にいる姿をみかけることはできなくなってしまうのだった。オサムは彗星を発見することが夢なのだが、ある夜、月に向かって、この自分しか知らない街には「夢の湖」があるんだと、つぶやいていた__。 |